『ゴジラ-1.0(マイナスワン)』戦艦一覧(駆逐艦4隻)|高雄など登場軍艦を全て紹介

映画『ゴジラ-1.0(マイナスワン)』の大きな見どころの一つが、ゴジラと対峙するリアリティ溢れる軍艦たちの雄姿です。

本作には、重巡洋艦「高雄」をはじめ、特設災害対策艦として招集された4隻の駆逐艦(雪風、響、夕風、欅)など、ファンを熱くさせる艦艇が数多く登場します。

本記事では、劇中で活躍した全ての戦艦・軍艦を一覧で紹介。各艦の役割や歴史的背景を知り、物語のクライマックスをより深く楽しむためのガイドとして活用してください。

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【駆逐艦 4隻とは?】クライマックスの「海神作戦」参加艦艇

『ゴジラ-1.0』の終盤、ゴジラを深海に沈める「海神作戦」では、高雄と共に、4隻(またはそれ以上)の駆逐艦が重要な役割を果たしました。

視聴者から特に注目を集めている「駆逐艦 4隻」とは、主に以下の旧日本海軍の残存艦艇を指します。

艦名艦種史実における運命と映画設定
雪風(ゆきかぜ)駆逐艦終戦まで生き残った幸運艦。映画では再武装され作戦に参加。
響(ひびき)駆逐艦終戦時、大破状態。史実では戦後ソ連に引き渡されたが、映画では「奇跡的に稼働」し作戦に投入。
朝顔(あさがお)駆逐艦戦後、特別輸送艦として活躍した駆逐艦。
夕風(ゆうかぜ)駆逐艦終戦時、佐世保で係留中。映画では再武装されて作戦に参加。

史実と映画設定の整合性について

これらの艦艇は、史実上は1947年頃に日本の「軍艦」として自由に動くことはありえませんでした(多くが解体・賠償処理中であったため)。

しかし、映画では「武装解除された残存艦艇を、民間人の有志が極秘に動かした」というフィクションの設定が採用されています。

これは、「無力化されたはずの日本が、自らの手で未来を取り戻す」という物語の強いテーマを象徴するための、感動的な演出として描かれていると考えられます。

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映画『ゴジラ-1.0』に登場する戦艦・軍艦一覧

以下は、ゴジラに登場する戦艦・軍艦の一覧表です。

艦船/グループ映画内での役割参戦状況
高雄(重巡洋艦)秘密裏に修理され、ゴジラ誘致と作戦の実行に中心的役割を果たしました。戦闘に参加
駆逐艦 4隻(雪風、響など)高雄と共にゴジラを誘導・攻撃し、作戦の最終段階に決死の突入をしました。戦闘に参加
富士丸・高栄丸など復員輸送船や特設艦艇として、作戦初期のゴジラ誘致や作戦後の救助に携わりました。戦闘/作戦に参加
戦艦明確な「戦艦」は登場していません。日向丸は特設のタンカー船です。不参加

以下、『ゴジラ-1.0』に登場する戦艦・軍艦の実際のデータと、史実での活躍を解説します。

雪風(駆逐艦)

名称(読み方)雪風(ゆきかぜ)
由来天候・自然現象名
艦種駆逐艦
所属第十六駆逐隊、第17駆逐隊ほか
竣工日1940年1月20日
排水量基準:2,033トン
全長118.5 m
出力52,000馬力
速力35.5ノット
乗員239名
解体日1970年
(雪風の概要)

「不死身の駆逐艦」と呼ばれ、ミッドウェー海戦やレイテ沖海戦など数々の激戦を戦い抜きながら、ほぼ無傷で終戦を迎えた奇跡の艦です。

日本軍の主要な駆逐艦が次々と沈没するなか、終戦時に稼働状態で残っていた数少ない一隻であり、その強運は伝説的に語り継がれています。

戦後は復員輸送(引き揚げ)に従事した後、賠償艦として当時の中華民国へ引き渡され、艦名を変えて同国海軍の旗艦を務めました。

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響(吹雪型駆逐艦)

名称(読み方)響(ひびき)
由来天候・自然現象名
艦種吹雪型駆逐艦
所属第六駆逐隊ほか
竣工日1933年3月31日
排水量基準:1,680トン
全長118 m
出力50,000馬力
速力38.0ノット
乗員219名
解体日1972年
(響の概要)

「不死身の艦」として雪風と並び称され、開戦から終戦まで数々の激戦を戦い抜いた数少ない駆逐艦の一隻です。

度重なる大損傷を負いながらもそのたびに修理され、沈むことなく生還し続けたことから「響は死なず」と称えられました。

戦後はソ連(現ロシア)へ賠償艦として引き渡され、艦名を「ヴェールヌイ(信頼できる、の意)」と改めて1970年代まで存続しました。

朝顔(若竹型駆逐艦)

名称(読み方)朝顔(あさがお)
由来朝顔
艦種若竹型駆逐艦
所属第32駆逐隊ほか
竣工日1923年5月10日
排水量基準:820トン
全長83.8 m
出力21,500 馬力
速力35.5ノット
乗員110名
解体日1948年6月10日
(朝顔の概要)

1923年(大正12年)5月に竣工した若竹型駆逐艦の5番艦であり、太平洋戦争時は旧式ながらも主に船団護衛任務に従事しました。

1944年には海南島付近で台風により座礁する被害に遭いましたが、離礁・修理を経て戦線に復帰しました。

終戦直後の1945年8月22日、関門海峡で触雷して大破・着底。そのまま再起することなく同年11月に除籍され、後に解体されました。

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夕風(峯風型駆逐艦)

名称(読み方)夕風(ゆうかぜ)
由来天候・自然現象名
艦種峯風型駆逐艦
所属第三駆逐隊、第三航空戦隊ほか
竣工日1921年8月24日
排水量基準:1,215トン
公試:1,345トン
全長102.6 m
出力21,500 馬力
速力39ノット
乗員154名
解体日1947年8月
(夕風の概要)

1921年(大正10年)に竣工した峯風型駆逐艦の10番艦で、太平洋戦争時はすでに旧式でしたが、開戦時は空母「鳳翔」の護衛任務に就いていました。

大戦中盤以降は主に瀬戸内海での訓練支援や護衛任務に従事したため、激戦に巻き込まれることが少なく、峯風型15隻の中で唯一、ほぼ無傷のまま終戦を迎えました。

戦後は復員輸送(引き揚げ)に従事した後、1947年に賠償艦としてイギリスへ引き渡され、最終的にシンガポールで解体されました。

高雄(重巡洋艦)

名称(読み方)高雄(たかお)
由来高雄山
艦種重巡洋艦
所属第二艦隊・第四戦隊
竣工日1927年4月28日
排水量基準:13,400トン
(改装前:11,350トン)
全長203.76 m
出力130,000馬力
速力34ノット
乗員835名
(改装前:760名)
沈没日1946年10月27日
(富士丸の概要)

日本海軍の重巡洋艦「高雄(たかお)」は、1927年に誕生し、艦隊の主力として活躍しました。

最新の重装備が特徴で、主に太平洋ソロモン諸島やフィリピンでの作戦に従事しました。

被害を受けつつも修理を経て再び前線に復帰しましたが、戦況の悪化とともに活動の機会は減りました。

戦後イギリス海軍に引き渡され、マラッカ海峡にて自沈処分となりました。

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富士丸(戦艦)

名称(読み方)富士丸(ふじまる)
由来富士丸
艦種戦艦
所属横浜曳船所属
(※映画)
竣工日1894年8月1日
排水量常備:12,533トン
全長114.0m
出力13,500馬力
速力18.25ノット
乗員726名
解体日1948年
(富士丸の概要)

戦艦「富士丸(ふじまる)」は日本初の近代戦艦で、1896年にイギリスで進水し、1897年に誕生しました。

日露戦争で活躍し、日本海戦などに参加しました。

老朽化に伴い、海防艦、練習艦として運用されました。

1945年の横賀空襲で損傷を受け、戦後1948年に解体されました。

高栄丸(貨物船)

名称(読み方)高栄丸(こうえいまる)
由来船主である高千穂商船の頭文字
艦種貨物船
所属東洋汽船所属
(※映画)
竣工日1934年1月10日
排水量38,872トン
全長133.02m
出力4,200馬力
速力13.0ノット
乗員40名
解体日1962年5月4日
(高栄丸の概要)

貨物船『高栄丸(こうえいまる)』は、1934年に高千穂商船により誕生しました。1933年に進水、第二次世界大戦中には、日本海軍に機雷敷設艦として運用されました。

戦争と平和の両方で長く活躍した『高栄丸』は、突破の波に乗り続けてきた船です。

1962年の解体まで、海上での役割を全うしました。

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日光丸(特設巡洋艦)

名称(読み方)日光丸(にっこうまる)
由来日本の地名
(※曖昧)
艦種特設巡洋艦
所属横浜曳船所属
(※映画)
竣工日1903年12月26日
排水量38,872トン
出力80,640馬力
速力25.1ノット
乗員200~300名
沈没日1945年4月
(日光丸の概要)

『日光丸(にっこうまる)』は、民間船として1903年に三菱長崎造船所で誕生しました。

一般の船として生まれた『日光丸』は、戦火の中の戦闘船へとその姿を変えていきました。

日露戦争において特設水雷母艦に改修され、仮装巡洋艦としても活躍しました。

しかし、1945年4月、敵の潜水艦から放たれた魚雷により、ついに海底へ沈んでいきました。

軍艦5:汐風丸(駆逐艦)

名称(読み方)汐風丸(しおかぜまる)
由来海より吹き来る風
艦種駆逐艦
所属第一航空艦隊第四航空戦隊第3駆逐隊
(※大東亜戦争開戦時)
竣工日1921年7月29日
排水量基準:1,215トン
公試:1,345トン
出力38,500馬力
速力39ノット
乗員154名
沈没日1948年8月25日
(汐風丸の概要)

駆逐艦『汐風丸(しおかぜまる)』は、大日本帝国海軍の峯風型駆艦の8番艦として、1921年に誕生しました。

太平洋戦争では、船団や空母「龍驤」を護衛しながら、過酷な海を駆け巡り、中国沿岸での作戦やアリューシャン攻略作戦にも参加しました。

敵の潜水艦からの攻撃にさらされる船団を守り抜くなど、最後までその役割を全うしました。

1948年には福島県いわき市小名浜港で防波堤の一部として沈められました。

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軍艦6:日向丸(戦艦)

名称(読み方)日向丸(ひゅうがまる)
由来宮崎県の旧国名
艦種戦艦
所属第一艦隊
竣工日1918年4月30日
乗員1,669名
解体日1947年7月
(日向丸の概要)

戦艦『日向丸(ひゅうがまる)』は大日本帝国海軍の伊勢型戦艦で、第一次世界大戦後の1918年に誕生しました。

その後、時代の波に翻弄されつつ、2度の砲塔爆発事故を経験し、航空戦艦へ改修されました。

1945年に呉軍港空襲での空襲で大破着底し、その役目を終えました。

その他の軍艦

以下は、映画の舞台とされている1945年~1947年あたりに存在していた可能性のある軍艦です。

映画に登場する軍艦のモデルとなった可能性がある、といった視点でお楽しみください。

天佑丸(輸送船)

名称(読み方)天佑丸(てんゆうまる)
由来不明
艦種輸送船
所属不明
竣工日不明
乗員不明
解体日不明
(天佑丸の概要)

輸送船『天佑丸(てんゆうまる)』は幕末期に薩摩藩によって導入され、主に物資輸送や戦闘時に利用されました。

その後、南洋地域での日本の南洋地域の航行や経済活動支援のために利用されました。

吉祥丸(徴用船)

名称(読み方)第一吉祥丸(だいいちてんゆうまる)
由来不明
艦種徴用船
所属第四艦隊
竣工日不明
乗員不明
沈没日1944年3月
(吉祥丸の概要)

『第一吉祥丸(だいいちてんゆうまる)』は、主に物資の兵士たちの輸送などに利用されました。

戦況が厳しくなるにつれて軍事作戦にも加わりました。

1944年、クェゼリンの戦いをもって沈没し、その役目を終えました。

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軍艦9:八坂丸(貨客船)

名称(読み方)八坂丸(やさかまる)
由来八坂神社
艦種貨客船
所属不明
竣工日1914年
乗員不明
沈没日1915年12月21日
(八坂丸の概要)

『八坂丸(やさかまる)』は、1914年に日本郵船によって誕生した大型客船です。

1915年の第一次世界大戦中。地中海を航っているところ、ドイツの潜水艦によって魚雷攻撃を受けて沈没するも、

乗組員の適切な誘導により、乗員乗客に被害はありませんでした。

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哲遊丸(てつゆうまる)、七海丸(ななみまる)、美波丸(みなみまる)、純成丸(じゅんせいまる)、わか丸、天満丸、しょうせい丸、平光丸(へいみつまる)、釣華丸(ちょうかまる)、りょうせい丸、たら丸

※映画『ゴジラ-1.0』字幕参照

これらの軍艦について、詳細は不明です。

なぜ軍艦に「~丸」とつけるの?

日本の船に「〜丸」という言葉をつける由来にはいくつかの説がありますが、主な説は以下の通りです。

  1. 一人称の「麿(まろ)」が変化した説:
    犬や刀など大切なものにつけるようになり、やがて船も「~丸」をつけて人のように親しまれていました。
  2. 家や店の屋号につける「丸」に習った説:
    当時の屋号に習い、船の名前にも「~丸」をつけました。
  3. 「問丸」が所有する船を「~丸」と呼んだ説:
    当時、問屋のことを「問丸」と呼んでおり、問丸が所有する船を「~丸」と呼びました。
  4. 船を城に見立てた説:
    日本の城郭のくるわを「~丸」と呼んだことから、船にも「~丸」をつけました。

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まとめ:『ゴジラ-1.0(マイナスワン)』に登場する軍艦・戦艦

本記事では映画『ゴジラ-1.0』に登場する軍艦一覧についてまとめ、ご紹介しました。

今回、確認できた歴史上の軍艦(戦艦・駆逐艦)は、雪風、響、朝顔、夕風、高雄丸、富士丸、高栄丸、日光丸、汐風丸、日向丸などがありました。

以上、ご参考になりましたら幸いです。

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