安部公房の傑作『箱男』。2024年の実写映画化でも改めて脚光を浴びた、「段ボールを被り社会を拒絶する」男の異形の姿には、私たちの目を離させない底知れぬ魔力があります。
その難解なテーマや衝撃的な設定から、
「あの物語は実話?」
「箱男は実在するの?」
と疑問に感じた方は少なくないでしょう。
『箱男』は実話ではありません。
そこで本記事では、作者の安部公房氏が実際に遭遇した「箱男」のモデルとなった衝撃のエピソードを、講演録を基に詳しく解説します。
作品の背景、テーマ、安部公房の基本情報まで網羅。この記事を読めば、あなたが抱いていた『箱男』への全ての疑問が解消されるはずです。
『箱男』は実話?:モデルとなった「実在の箱男」と安部公房の遭遇談
『箱男』の物語で起きた事件は実話ではありません。創作の物語です。
しかし、本作に登場する「箱男」は、作者の安部公房氏が、実際に遭遇した“実在の箱男”を基に着想を得たことを講演会で自ら語りました。
安部公房が目撃した「箱男」の真実
“箱男(段ボールを頭からかぶったホームレス)”は実在していました。
ある日、安部公房氏が「浮浪者(ホームレス)」に興味をもち、上野にホームレス狩りを見物しに出かけたときのこと。そのなかに「箱男」がいました。
安部公房氏は、講演会で当時の様子を以下のように語っています。
ちょうど上半身がすっぽり入るくらいの段ボールの箱。ちょうど冷蔵庫くらいの大きさです。
そういう段ボールの箱に入っていて、その箱ごと座って腰かけているんですね。そして真正面に四角い覗き穴がついていて、そこにビニールのカーテンが下がっていました。
カーテンの真ん中を割ってあるわけです。ある程度しなやかな重い質のビニールですから、ちょっと体を傾けると真ん中が開くんです。
不透明なビニールですから、そのままでは外を覗けない。ちょっと傾くとね、隙間ができて向こうが見えるんですよ。
で、僕はびっくりして前に立ち止まって見たら、向こうもこう、傾いてね、隙間からこっち見たんですよ。
引用元:小説を生む発想: 箱男について 安部公房公演
この段ボール箱の特徴は、作中に登場する箱男の特徴と完全に一致していることがわかります。

安部公房氏は、あまりの気持ち悪さに敗北感を覚えたのだそうです。また、警官たちも、取り調べ中に男を箱から出さなかったといいます。
非常に興味深いエピソードです。まるで彼らは社会のルールに属さない領域に暮らしているかのよう……。
思い返してみれば、街のホームレスに、「なにしてるんですか?」「そこ、公道ですよ」などと指導する人を見かけることは中々いないことに気づかされます。
安部公房氏の『箱男』は、現代社会の匿名性や管理からの逃避を鋭く描いているのです。
『箱男』に込められたテーマ:究極のデモクラシー
『箱男』のテーマの一つは、「極限のデモクラシー(民主主義)」です。
安部公房氏は、免許のあるなしで「本物の医者」か「偽医者」かが決まるという現状に、思うところがあったといいます。(特に戦時中、実力と伴わない場合がある。)

この問題は、手塚治虫氏の人気漫画『ブラック・ジャック』を参考にするとイメージしやすいかもしれません。
彼ほど優秀な医者はいないにもかかわらず、現在の社会では「登録がない=偽物」とされてしまいます。
つまり、社会的な記号を剥奪された「箱男は誰でもない=究極のデモクラシー」な存在なのです。
たしかに、「箱男」には強烈な個性があると感じるかもしれませんが、もし箱の中身が入れ替わったとしても、多くの人々はそれに気づくのは難しいはずです。数が増えれば、尚更。
特に日本は匿名を好む国民性だと言われていますので、『箱男』が日本人の目を引くのは納得です。
ちなみに、作者の安部公房氏は「文学作品の解釈は一つでない」としています。小説『箱男』は、このような社会的な構造を問う、哲学的な要素を強く含んでいるといえるでしょう。
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『箱男』基本情報
| 作品名 | 『箱男』 |
|---|---|
| 発売日 | 1973/3/30 |
| 出版社 | 新潮社 |
| ページ数 | 248ページ |
| 作者 | 安部公房 |
簡単なあらすじ・ストーリー
Cは軍医殿の情報を借りて診療をしていました。
やがて軍医殿の変死が発見されます。医者と彼女は「箱」に執着を見せますが、一体なぜ執着するのか?
箱を巡る様々なストーリーの中で、箱男がノートに連ねる記述は、事実か虚実か―。
誰が箱男で、誰が箱男になり損ねたのか―?
本作は、「匿名性」をとことん突き詰めた前代未聞の物語です。
安部公房のプロフィール・受賞作
本名:安部 公房(あべ きみふさ)
生年月日:1924年3月7日(68歳没)
出身地:東京都
安部公房氏は、東京都北区に四人兄弟の長男として生まれ、少年期を満州で過ごしました。
成城高校卒業。東大医学部卒業。
学生時代にはすでに詩や小説を執筆し、戯曲にも挑戦しました。
また、カメラの趣味を持っていました。
数々の文学賞を受賞しました。
- 1951年、『赤い繭』で戦後文学賞受賞『壁 – S・カルマ氏の犯罪』芥川賞受賞
- 1958年、『幽霊はここにいる』岸田演劇賞受賞
- 1963年、『砂の女』読売文学賞受賞
- 1967年、『友達』谷崎潤一郎賞受賞
- 1968年、『砂の女』フランス最優秀外国文学賞
- 1972年、『未必の故意』「ガイドブック』芸術選奨文武科学省大臣賞
- 1975年、『緑色のストッキング』読売文学賞受賞
まとめ:『箱男』の実話性について
本記事では『箱男』の実話性・実在エピソードを解説してみました。
- 『箱男』は実話?:実話ではない。
- 段ボールを頭から被った箱男は実在するのか?:かつて同じ恰好をしていたホームレスが上野に実在した。
- 本作のテーマは?:究極のデモクラシー。
という結果になりました。
本書における“箱男”は匿名性があり、誰にもなりえる存在です。これらの前知識をたくわえてから再び本書に挑むと、また違った世界が見えてくるかもしれません。
最後までご覧いただきありがとうございました。
